新町松倉講へようこそ

島原供養祭への参加




松倉豊後守重政公島原入国400周年記念 供養祭


 11月16日は、松倉豊後守重政公の命日です。また、2016年は、重政公が島原に大和五條二見から移封されて400年目の記念の年に当たります。これを記念して、平成28年(2016年)11月16日、島原市文化財保護審議会会長の松尾さんを中心に有志の方々の努力で島原で重政公の菩提寺である江東寺で供養祭が行われることになり、新町松倉講のメンバーも10名参加しました。


 この前日の15日、新町松倉講の代表を含めた五條からのメンバーなどが島原駅に午後8時過ぎに着いたのですが、私達の到着を待って島原市の有志の方々が交流会をもって歓迎してくれました。重政公の縁が取り持つ大変有意義な五條と島原の熱い交流となりました。


 供養祭の当日の日程を紹介しておきます。

  9:00〜9:30 古川島原市長への表敬訪問、懇談

            懇談後、城下町・商店街を歩いて江東寺へ

 10:00〜     江東寺御堂にて松倉氏供養法要

 11:00〜     松倉氏墓碑参拝、読経

 12:00〜     庫裏で昼食会

 13:00      お開き その後、島原城へ移動

 14:00〜     天下の名城・島原城、現地調査


 この参加の細かい報告は、19日の「松倉祭り」での新町松倉講の第8回研修会のおり、槇野新町松倉講代表から写真などを使ってていねいに行われました。ここでは感想風に島原訪問を紹介したいと思います。


 島原市役所では古川市長以下市役所の方々からの暖かい歓迎をうけ、市長さんとの懇談では、市長さんの島原市と五條市との今後の交流の熱い思いなどを聞かせていただきました。







 




















 このあと江東寺へ行くのですが、江東寺についてすこし述べます。江東寺はもともと、有馬晴信の弟が

1558年に北有馬に開山したものです。重政公が島原に入り、島原城の竣工とともにこのお寺を城下町郊

外の地に移し、1624年に重政公はこのお寺を菩提寺と定め江東寺と改めたのです。現在、このお寺(曹洞宗)には松倉家の家紋である「九曜紋」が掲げられ、ガラス戸のガラスにもまた屋根瓦にも付けられていて、本堂には重政公の座像が安置されています。墓地の少し小高いところ(豊後山)に重政公の墓碑と島原の乱鎮圧の追討として派遣され戦死した板倉重昌の墓碑が並んで置かれています。これら墓碑のすぐ横に大ねはん像があります。江東寺はこの大ねはん像でよく知られていて島原市指定史跡となっています。実は、この像は重政公と板倉重昌の霊を供養するために建立されたのです。像の作成者は、奈良信貴山・福崎日精師で、大和の国とも大いに縁があると言えましょう。(写真左は本堂での供養祭、右は豊後山 正面奥にねはん像)


 

















 この由緒あるお寺での供養祭は、実に立派なものでした。僧侶約15名で、あたかも東映映画でみる大名の法事さながらでした。当市市長さんも参加されており、「こんな立派な供養祭は見たことがない」と感嘆されているほどでした。



 庫裏での昼食会のあと、松尾さんの案内で島原市内の町家などを紹介していただきながら一路歩いて島原城へ向かいました。城の堀は水がなく、くずれた石垣の修理から島原城の石垣をどのように作ったかがかなりわかってきたと、実際に修理したところを見学しながら教えていただきました。
























 また、現在復元したのは本丸で、この本丸と二の丸をつないでいた橋(廊下)、今はありませんが、があったと堀から見上げながら説明をうけました。堀から石垣などを見上げると島原城の大きさを改めて知ることになったのですが、そのあと城内の複雑な通路を通って本丸に上り、そこから改めて二の丸、三の丸のあったところを眺めてみると、再び改めて島原城の大きさにびっくりしました。


 島原の方々の熱い歓迎をうけ、感謝して、私達は島原を後にしました。


 この旅のもう一つの思い、それは400年を超えた歴史的な出会いです。重政公の子孫の方が、島原市長と400年を超えて出会ったということです。400年を超えて、いろいろな思いを超えて、歴史的な出会いの場に私達が立ち会えたのです。

                                       (文責 来田)

  

 

 参考のために、先ほど紹介した島原市文化財保護審議会会長の松尾卓次氏の「松倉重政 島原入国400周年」と題して書かれた論文を紹介(ここをクリック)しておきたいと思います。

 




          五條市太田好紀市長を訪問、島原訪問を報


 島原訪問のとき、古川島原市長を表敬訪問をいたしました。そのおり、五條太田市長の親書を手渡したのですが、その報告をするため、太田五條市長を訪問いたしました。古川市長の五條市との今後の交流に関しての熱い思いを伝えますと、太田市長は大変喜ばれ、島原市との今後の交流について積極的に進めたい、機会があれば島原市を訪問したいとの熱い気持ちを語られました。(中央が太田五條市長)