新町の商家大野屋(清五郎)(旧辰巳邸)について
2015年5月1日、新町に「大野屋」がオープンしました。
新町に来られた方がちょっと休憩をしていただく場所のひと
つです。「大野屋」の詳しい開館時間等の案内は五條市ホー
ムページのこちらをクリックして下さい。
この場所がどうして「大野屋」と名をつけられているか、
その由来について書いてみます。
宝暦11年(1761)と推定される江戸時代の年貢収量
帳簿である反別帳に、新町の中町に清五郎の名があります。これを大野屋清五郎と見なしますと、1742年〜1761年の期間に新町村の家持ち住人になったと考えられます。以後、少なくとも明治初年頃までの120年余の長きにわたって、大野屋清五郎の名を襲名した家が新町で活動していたことが確認できます。
大野屋清五郎は、三商売(古道具、古鉄、古手(使い古した衣類・道具)を扱う、金融業も兼ねる、新町に多かった)を営んだこと、大野屋清五郎の名を襲名して商売を続けたこと、表店を構えた土地の所有者(地主で名請け人)であったこと、組頭にもなっていることなどから、新町住人として典型的な商人とみなせます。
旧辰巳邸(これが「大野屋」)が近世後期の建物だとすれば、何代目かの大野屋清五郎がこれを建てた可能性が大きいのです。古文書の記録・墓碑(新町松倉講の調査で新町西方寺にあることを確認)・過去帳・現存の建物などを一体として把握可能な数少ない近世の事例として扱う必要があります。
(以上は近世史家藤井正英氏の研究に拠っています)
旧辰巳邸にはこうした歴史的な背景があるため、「大野屋」という名称をつけたのです。